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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)531号 判決

②判決

原告

国鉄労働組合近畿地方本部

新幹線支部大阪保線所分会

右代表者執行委員長

森村敏孚

右訴訟代理人弁護士

井上二郎

中北龍太郎

黒田建一

水島昇

被告

東海旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

須田寛

一楽毅

山口善久

筒井孝男

被告四名訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する、被告山口善久は昭和六三年二月四日から、その余の被告らは同月二日から、各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、国鉄労働組合(以下「国労」という)の下部組織で、被告会社の大阪及び京都保線所、大阪設備所に勤務する従業員、訴外西日本旅客鉄道株式会社の従業員らによって構成され、独自の規約、意思決定ないし執行機関、代表者を有し、また独自に財政を運用している権利能力なき社団である。被告一楽毅、同山口善久、同筒井孝男は、昭和六二年当時、いずれも被告東海旅客鉄道株式会社の被用者で、被告一楽は新幹線運行本部大阪管理部大阪保線所長、同山口は同部京都保線所長、同筒井は同部大阪設備所長であった。

2  原告は被告一楽、同山口、同筒井(以下「被告一楽ら」という)に対し、次のとおり団体交渉を申し入れたが、被告一楽らいずれもこれを拒否した。

(1) 被告一楽に対して

① 昭和六二年一〇月二日ころ、保線作業の連続夜勤の日数を三日から二日に減らすこと、いわゆるサービス労働(時間外手当の支給のない時間外労働)の強制をやめること、保線工事現場への自動車乗務を一名乗務から二名乗務にすること、休憩室の使用を自由にすること等の諸要求について

② 同月二二日、被告会社の原告組合員三代正臣に対する訴外大鉄工業株式会社への出向命令の事前通告につき、本人の同意のない出向命令は撤回すること、出向命令の根拠と出向先の労働条件の細部を明らかにすることについて

③ 同年一二月一四日、同月一一日支給の年末一時金における原告組合員らの査定の理由、根拠を明らかにすること等について

(2) 同山口に対して

①  同六二年一〇月三日ころ、保線作業の連続夜勤の日数を三日から二日に減らすこと、いわゆるサービス労働(時間外手当の支給のない時間外労働)の強制をやめること、保線工事現場への自動車乗務を一名乗務から二名乗務にすること等の諸要求について

② 同年一二万二二日ころ、(1)②と同内容の要求について

③ 同月一六日、(1)③と同内容の要求について

(3) 同筒井に対し、同年一〇月一五日、大阪設備所管内鳥飼機械駐在所における排煙及び悪臭防止、事務所においてOA機器専用の部屋を設けること、卓上計算機、ガス又は電気コンロの設置、事務所内に休憩設備を設けること等の諸要求について

3  被告一楽らは、原告構成員に対し労働組合法七条二号所定の「使用者」に該当するか、団体交渉について使用者側の担当者であった。

4  原告は被告一楽らの故意又は過失に基づく団体交渉拒否により、金一〇〇万円相当の非財産的損害を被った。

5  よって、原告は、被告会社に対し民法七一五条により、被告一楽らに対し同法七〇九条により、いずれも不法行為に基づく損害賠償として金一〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である、被告山口は昭和六三年二月四日から、その余の被告らは同月二日から、各支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告が被告会社の大阪ないし京都保線所、大阪設備所に勤務する従業員、訴外西日本旅客鉄道株式会社の従業員らによって構成されていること、原告が独自の規約、意思決定ないし執行機関、代表者を有し、また独自に財政を運用している権利能力なき社団であることは不知、その余は認める。

2  同2のうち、原告が申し入れた団体交渉事項の内容はいずれも不知、その余は認める。

3  同3、同4は争う。

三  被告らの主張(請求原因3について)

被告一楽らは以下の理由により原告からの団体交渉申入れを拒否したものであり、これをもって何ら原告の団体交渉権を侵害したことにはならず、不法行為を構成するものではない。

1  被告一楽らは、被告会社の一職制にすぎず独立した権利義務の帰属主体ではないから、原告構成員に対する労組法七条所定の「使用者」ではない。

2  被告会社は、労働協約が失効した昭和六二年一〇月一日以降の労使間の問題処理について、従来どおりの担当箇所(大阪管理部においては総務課)を窓口とすることを決定し、同年九月三〇日、国労東海鉄道本部にその旨通告した。原告もこのことを熟知していた。

四  原告の反論

1  被告の主張1に対して

労組法七条所定の「使用者」は不当労働行為制度の趣旨から労働契約の当事者に限定されず、労働関係に支配力・影響力を行使しうる職制上の管理者も含まれると解すべきである。そして被告一楽らは、保線所長、設備所長として、所業務全般の管理運営をその職務内容としており、被告会社から多数項目に亘る専決施行権限を付与されていたのであるから、右「使用者」に該当するというべきである。また、旧日本国有鉄道(以下「旧国鉄」という)時代において、国労分会と保線所長等の現場管理者は団体交渉を行い、実績をあげていたのである。

2  同2に対して

被告会社が一方的に行った窓口指定によって原告の団体交渉権が制約されるいわれはない。したがって、これを理由とする被告一楽らの団体交渉拒否は正当理由によるものとはいえない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1の事実のうち、原告が被告会社の大阪ないし京都保線所、大阪設備所に勤務する従業員、訴外西日本旅客鉄道株式会社の従業員らによって構成されていること、原告が独自の規約、意思決定ないし執行機関、代表者を有し、また独自に財政を運用している権利能力なき社団であることは〈証拠〉により認められ、その余の事実は当事者間に争いがない。

二同2の事実のうち、原告が、被告一楽に対し昭和六二年一〇月二日ころ、同月二二日、同年一二月一四日に、被告山口に対し同年一〇月三日ころ、同年一二月一六日、同年一二月二二日ころに、被告筒井に対し同年一〇月一五日に、それぞれ団体交渉の申入れをしたが、被告一楽らにいずれも拒否されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告が申入れた団体交渉の交渉事項は、概ね原告主張のとおりであったことが認められる。

三同3につき検討する。

前記認定事実に〈証拠〉を総合すれば、原告が本件団体交渉の申入れをした昭和六二年当時、被告一楽らはいずれも被告会社との間で雇用契約を締結し、新幹線運行本部大阪管理部に所属しており、同一楽は大阪保線所長、同山口は京都保線所長、同筒井は大阪設備所長であったこと、同年四月一日旧国鉄がいわゆる分割民営化されて被告会社が設立されたこと、被告会社と原告の上部団体に当たる国鉄労働組合東海鉄道本部(以下「組合本部」という)は、同月二四日労働協約(乙第四号証)を締結したが、ここには団体交渉を行う単位として、本社、鉄道事業本部、新幹線運行本部、自動車事業本部、支社が規定され、旧国鉄時代の労働協約と同じく、保線所長、設備所長のような現業機関について規定がなく、保線所長等が団体交渉の当事者、交渉担当者とはされていなかったこと、右労働協約は同年九月三〇日に失効したこと、そこで被告会社は、被告一楽ら現業機関に対し同年一〇月一日以降原告らから団体交渉申入れを受けた場合これを拒否するよう指示していたこと、同被告らは右指示に基づき原告からの団体交渉申入れを拒否したこと、その際被告一楽は原告に対し被告会社側の団体交渉の窓口は被告会社新幹線運行本部大阪管理部である旨説明したこと、その後同六三年一月六日被告会社と組合本部は労働協約を締結したが、ここにも右大阪管理部を団体交渉の単位として規定しているが、現業機関について規定はないこと、なお、旧国鉄時代の同四三年から同五七年まで原告ら分会と現業機関は、国労と国鉄との間で締結された「現場協議に関する協約」に基づき、団体交渉とは別概念であるとの認識のもとに現場協議が行われた実績はあること、同六〇年一〇月二四日、一一月六日、同六一年七月七日原告から団体交渉の申入れを受けた旧国鉄の大阪保線所長森沢雅臣はいずれもこれを拒否したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する甲第一三号証の供述記載部分は直ちに信用できず、他にこれを左右するに足りる証拠はない。

ところで、労組法七条二号所定の「使用者」とは、雇用契約の当事者に限定されるものではないが、当該労働者に対し主体として労働関係上の支配力、影響力を行使しうる者であることが必要であると解される。そして原告代表者尋問の結果によれば、被告一楽らは原告の構成員に対し賃金査定に関与する等労働関係上の支配力、影響力を行使していることが認められるが、同被告らの右査定による影響力の行使は、被告会社に従属してのものであり、さらに前記認定事実によれば、被告一楽らは、被告会社の被用者で新幹線運行本部大阪管理部に所属する保線所長、設備所長であったにすぎず、被告会社から団体交渉に関する指示を受けており、右指示に基づき原告からの団体交渉申入れを拒否したことが認められ、右諸事情に徴すれば、被告一楽らの右支配力、影響力の行使は自らの主体としてのものではなく、あくまで被告会社に従属しての行使にすぎないというべきである。したがって、被告一楽らは前記「使用者」に該当しないといわねばならない。

さらに、被告一楽らが被告会社から団体交渉の担当者として指定を受けたことを認めるに足りる証拠はなく、かえって、前記認定のとおり、被告会社は、被告一楽ら現業機関に対し被告会社と組合本部との間の労働協約失効後の同六二年一〇月一日以降において原告らからの団体交渉申入れについてはこれを拒否するよう指示していたのであるから、同被告らを団体交渉の担当者とはしない意思であったことは明らかである。

もとより、使用者は団体交渉担当者を労働者側の意思にかかわりなく単独で指定できるが、憲法二八条、労組法七条の趣旨等に鑑み、使用者は右一方的指定により労働組合の団体交渉権を不当に制約することは許容されない。そこで、本件についてこれをみるに、前記認定事実によれば、被告会社の前記指示は、およそ被告会社が原告ら労働者側との団体交渉を拒否するというものではなく、原告から団体交渉の申入れを受けた被告一楽が原告に告知したとおり、原告は前記大阪管理部との間で団体交渉することができるのであるから、これにより原告が多少の不都合を被ることは容易に推認できるとしても、これをもって被告らが原告の団体交渉権を不当に制約した、とまでいうことはできない。なお、原告代表者は、仮に原告が右大阪管理部へ団体交渉申入れに赴けば、即刻業務妨害を理由に退去を命じられる旨供述するが、右供述は同代表者の推測を述べたにすぎないから、直ちに信用できない。

そうすると、被告一楽らは労組法七条二号所定の「使用者」に該当せず、しかも被告会社から団体交渉の交渉担当者として指定を受けた者であるともいえないのであるから、同被告らが原告からの団体交渉申入れを拒否したことはむしろ当然であって、原告の団体交渉権を侵害したとはいえず、したがって、被告らの原告に対する不法行為は成立しないというべきである。

四よって、原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなくいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官市村弘 裁判官鹿島久義)

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